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TOP > 特集 > 本の元の穴の中(もとのもとのあなのなか)
「本の元の穴の中(もとのもとのあなのなか)」の特集
もとあな草紙

「もとあな草紙」は、天乃タカ先生特別描き下ろしの「もとあな」サイドストーリー。その第五回は、読者にも人気の“天守”たちから、モリの奥さんのお話をお届けします。なんと、モリの奥さんはサメのお姉さんでもあるのです。
「もとあな」のサイドストーリーが楽しめる「もとあな草紙」は、本編と連動して掲載中! 読めば「もとあな」ワールドが、さらに楽しく広がります。

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→ もとあな草紙 第六回はコチラ


第五片
作・絵 天乃タカ



挿絵 曲げていた腰を伸ばし、大きく伸びをした。思わず漏れた声は、涼やかな風に吹かれて飛んでいく。木々がざわめき、それに興を添えるように高く鳴く鳥の声が聞こえた。
大きく風が吹き、乱れる長い髪を押さえれば、手が丸い石に触れる。それは、天守の里では珍しい紅玉だった。ゆるりと撫でれば冷たい感触が伝わる。
自然と、それを持って来た時の杜の顔を思い出した。
(……子どものよう)
年下のはずの己の弟と比べても、若く見える笑顔。
そのくせ、当たり前のように簪(かんざし)を差し出して来る。
似合うじゃろう、と照れもせずに言って。
「大丈夫ですか」
「……ええ」
物思いにふけりすぎたのか、心配げにかけられた声に驚いたことを、おくびにも出さず、ゆっくりと頷いた。それはすでに反射のようなもので、声のしたほうを向けば、やはり心配するような顔があった。
だから、笑顔を向ける。
「大丈夫。もう少しで終わるわ」
手に持った籠を抱えなおせば、半分以上も木の実が入ったそれは思ったよりも重く、思わずふらついてしまう。差し出された手を、やんわりと断り、ひとつ息を落とした。途端、目の前の青年の眉が微かに歪んだ。
「若長がおられれば、」
「あの人は忙しいから」
続く言葉は簡単に想像できて、言葉を打ち切るように早口となる。
「……あぁ、ごめんなさい」
その言葉に、青年は一礼して去っていった。
思わず吐息を付いて、頬に人差し指と中指を当てる。爪が最近出来た小さな腫れモノを引っかいて、微かな痛みを生んだ。途端、再び(ひどく間抜けな)笑顔が浮かび、指を離した。
幼い頃からの癖のような動作に、「困っているようじゃ」と笑うのだ。
(違うわ)
心の中で反論して、軽く頭を振った。
「もっとがんばらないと」
若長である夫がいない里を取りまとめ、その上で家の細々としたこと(たとえば今日のように備蓄食料を集めること)もしなくてはいけない。
それは傍から見れば、危なっかしくも見えるのだろう。
事実、里でも気を使われることが多い。
(それだけならいいのだけれど、)
そこから、里を不在にする長を非難されては堪らない。
「……まだまだ駄目ね」
ゆっくりと空を見上げれば、ひどく高い。白い雲が流れ、青い色が広がっている。
じっと見ていれば、気分が穏やかになっていく。そのとき、己は“天守の一族”なのだと誇りを思い出せるから、気が済むまで空を見ていることに決めた。
「あら?」
けれど、青空を横切る影に、眉が歪み、心が波立つ。
まじまじと見るまでもなく、それは鳥の影だった。
(珍しい……)
それは、“鳥”ということではなく、鳥の大きさへの感想だった。
影は、白い雲の向こうに隠れ、再び現れる。それだけでも、どれほど高い空を飛んでいるかわかるというものだった。そのくせ、ひどく大きい。
手に持っていた籠を置き、さらに鳥を凝視する。籠が安定を崩し、中に入れていた木の実が幾つか転がっていくことにも気が付かなかった。鳥は旋回しながら降下しているのだろう、徐々に大きくなっていく。
太陽の眩しさに、思わず両目を手で覆った途端、後ろから歓声が上がった。
「大鳥!?!!」
やはり、と、もう一度空を見上げる。
天守の守護鳥である大鳥が里の近くまで降りてくることはひどく稀だ。もしそうならば、明日から里で幾つかの祀り事をしなくてはいけない。その為の準備が幾つも頭の中を横切ったけれど、一瞬にして、すべて吹き飛んだ。
「杜!?」
風と共に降り立った大鳥から降りてきた人影に、思うより先に声を上げていた。
(この人はいつだって、)
予想だにしないことを簡単にやってのける。
「おおー、迎えに来てくれたんかの」
そんなわけもないのに、ひどく暢気な言葉に呆気に取られる。
「どうやって大鳥に、」
「うん」
応えになってない言葉のくせに、大きく頷いて笑う顔を睨みつけるけれど、ただただ嬉しそうな顔をしているから一気に肩の力が抜けた。
ふいっと顔を背けて座り込み、倒れた籠を直して、散らばった木の実をその中に入れていく。
同じく木の実採りをしていた里の者達は、長を歓迎する祝辞を口にして近付いていく。その輪を簡単に抜けて、目の前に立った人の足元に転がる木の実を籠に入れた。
「……帰って来られるなら連絡ぐらいしてください」
「うん、でもすぐに行かんといかん」
思わず呟いた小さな声に返ってきた返事に顔を上げれば、ひどく間近に赤い瞳があった。いつの間にか座り込み顔を覗き込む動作は、昔から変わらない。
だから、昔と同じように、白い肌に白い髪の中で、異質なほど強烈な色を放つ瞳を覗き込んだ。
途端に、考えるより先に言葉が口をついて出ていた。
「見つかったのですか」
囁くほどの声で、ゆっくりと、尋ねる。
(あぁ、でも私は、)
聞くまでもなく答えがわかっている。
「うん」
その素直さに、まるで子どもだと、契りを結ぶ前から幾度となく思っていたことを、また思う。
「じゃあ、行って来るかの」
そう言いながら、頬に触れる手はひどく温かい。指が、小さな腫れモノを撫でて離れていく。
そうして、立ち上がった人につられるように立ち上がっても、見上げなければ顔は見られない。幼い頃、己よりも背が小さかったことが信じられなかった。
「それだけを伝えに? わざわざ?」
「そうじゃ。約束したじゃろう」
この世のどこかに鬼がいるという。
それは、幼い頃の御伽噺(おとぎばなし)。
見つけるという杜に、約束した。
(……本当に見つけたんだわ)
大人になった今、御伽噺が現実になった時、そこには困難があることを知ってしまった。それを、この人はどう思っているのか聞くことはできなかった。
どれほど一生懸命捜していたか、己が一番知っているのだから。
「長!?」
「若長!」
ひらりと外套を翻し再び大鳥に乗る若長へ投げかけられる声を、まるで止めるように高く腕を上げた。
途端、ぴたりと声が止む。
「さすがじゃのう」
「ええ」
真っ直ぐに真剣な顔を向ける。
「行ってらっしゃいませ」
赤い瞳が細くなり、薄い色の睫の向こうに隠れた。
笑ったのだ。
幾度も見ている笑顔だというのに、心臓が大げさな音を立てるから、間抜けな笑顔、と評してみる。
「うん。でも、あまりがんばらんでいいよ」
その言葉に呆気に取られている内に、飛び上がる鳥を仰ぎ見た。鳥の影に隠れて、すでにその姿は見えない。けれど、大きく手を振っていることは簡単にわかってしまう。
(だって、杜だもの)
あっという間に、見つけたときと同じほど小さくなった鳥の影から視線を逸らすように、ゆっくりと瞼を閉じれば、風を感じた。まるで、大鳥が羽ばたいて起こしたような風は、芳しい実りの馨り(かおり)がする。
瞼の裏に浮かぶ色に、髪に留めた紅玉に触れた。
どうしてか、石はほんのりと温かい気がする。

「馬鹿ね。私もがんばるわよ」

それが、己が杜の為に出来る唯一のことだから。
ゆるりと笑うと踵を返して、里へ歩き出した。

 


おわり

○次回の更新は、2月の下旬予定です。お楽しみに。

(C)2008 Taka Amano

 

 

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