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TOP > 特集 > 本の元の穴の中(もとのもとのあなのなか)
「本の元の穴の中(もとのもとのあなのなか)」の特集
もとあな草紙

天乃タカ先生特別描き下ろしで「もとあな」のサイドストーリーをお届けする「もとあな草紙」も、ついに最終回!
最後を飾るにふさわしく、今回はキイチ&元太郎&ハナ、3人のお話をお届けします。本編と連動して進むこの特集、読めば「もとあな」ワールドが、さらに楽しく広がります。

→ もとあな草紙 第一回はコチラ
→ もとあな草紙 第二回はコチラ
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→ もとあな草紙 第四回はコチラ
→ もとあな草紙 第五回はコチラ

挿絵

第六片
作・絵 天乃タカ


パチリと火が弾け、キイチは少しだけ体を引いた。

まだ早朝の冷たい風が背中を通り過ぎ、キイチは引いた分だけ体を戻して、火で炙っている魚の焼き加減を調節した。
生まれ故郷の里を出て数日経ち、すでにキイチが三食とも作ることが当たり前になっている。
それほどに、元太郎は料理ができず、今までどうやって旅してきたのか不思議なほどだった。
そのことに関しては、元太郎に「保存食がある。」と、調理せずに食べられる(けれど調理すればさらに美味しく食べられる)食料を見せられたのだった。
それでもキイチは、できるだけ新鮮な食材で料理を作り続けた。母に、そのほうが美味しいと教えてもらったせいもあったし、少しでも役に立ちたかったからだ。

風が森の上を通りすぎ、ざわざわと森が揺れる。その風を追いかけるように、魚から視線を離し、顔を上げた。
木々の合間から見える空は、陽が昇ったばかりで白い。
今日も天気になると思えた。
(でも、)

森の中は、ひどく暗い。

里の近くの森も確かに暗かった。けれど、人の気配のない森の暗さは、まったく異なっている。里から続いてる森のはずなのに、同じ森とは思えないほどだった。
キイチは視線を、空から目の前の魚に落とす。
里からひどく離れたことを、今更実感した。
(知らないことばっかりだ。)
目の前の赤い炎が、ゆらりと揺れる。

「それ、美味しいの?」
「えっ!?」

突然かけられた言葉に、少しだけ離れた場所に座っているハナを見る。けれど、すでに口は閉じられていた。
(でも、聞こえた、よね?)
そうやって物を言わずに座っている様子の少女は、まるで生きていないようだ。
(……そんなわけないか。)

昨日、樹の枝からぶら下がっていたハナの表情がコロコロ変わったことを思い出す。そして、助けた時に、ひどく怒鳴られたことも。指切りをして約束したことも。

「……今まで、他の人に食べてもらったことってないからわかんないけど、」

ハナに笑いかけ、焚き火に乾いた枝をくべた。

「美味しかったらいいな。」

そう、とハナの素っ気ない声が返ってくる。それでも、昨日までは、もっともっとキイチのことなどどうでもいいような反応だった。そう思えば、キイチは自然と笑みが零れた。パチパチと焚き火がはぜる。その温かさに、心までほんの少し温かくなったように思えた。火に炙っている魚の様子を確かめる。

「ハナちゃん、昨日のこと大丈夫?」
「えぇ。あんなの平気よ。」

鳥にさらわれた、というハナの言葉は信じられないけれど、疑うつもりもなかった。

「すごいね。」
「あら……そうでしょう。」

フフ、と笑うハナに笑い返しながら、魚をひっくり返す。身から油がぽたぽたと地面に零れた。クン、と美味しそうな匂いが鼻先を掠め、自然と口の中は唾液でいっぱいになった。

「…師匠、」

続く言葉を寸でで飲み込む。
炎の向こうの、更に先へと視線を飛ばせば、暗い森を背景にひっそりと黒い影にしか見えぬ元太郎が居た。続く言葉が見つけられなくて、魚をそれ以上焼かないよう、火から遠ざける。
(温かいほうが美味しいんだけど……)
本を読んでいる元太郎を、邪魔をしたくはなかった。

「元太郎さんはいつもあんなかんじよ。」

まるでキイチの心の内がわかったかのような言葉に、驚いてハナを見れば、じっと魚を見ている。その横顔からは感情を推し量れないけれど、キイチを慰めたわけではない自然な様子に、むしろ嬉しくなってしまう。

「……そっか、ありがとう。」
「なによ。キイチって変ね。」
「え! そうかな。」
「そうよ。」
「そっか。」

そうして笑うハナの表情に、少しだけ心が軽くなったように思えた。
(『変』って言われたのに。)
変だなーと思うも、確かに気分が浮き立つ。魚を見るハナの黒い瞳に映る火の影を見るともなしに見ているうちに、ずっと気になっていたことが、ぽろりと勝手に口から出ていた。

「ハナちゃん、ご飯食べない、よね?」

言ってしまってからひどい後悔が押し寄せたけれど、それよりも速いくらいに、ハナの口が開いた。

「えぇ、食べないわよ。」

当たり前でしょう、と言わんばかりのハナの表情に、キイチは反射的に頷いていた。いくつか考えていた問いをかけることもできないほど、それは、あっさりとした答えだった。

「そっか。ご飯……食べないんだ。」
「そうよ。ずっと食べてなかったじゃない。」
「うん。」

だから、ずっと気になってはいた。
(でも、もし『それ』がその子にとって『当たり前』だったとしたら……)
そう考えると、今まで聞けなかった。

「いまさらなによ。」
「ううん。……ハナちゃんのこと、少し知れて嬉しいな。」
ね、と笑うキイチの顔の前に、ハナの手が差し出される。
「見せて。」
「え? さかな?」
「そう。」

焼けた魚を差し出せば、ハナの白い手がそれを受け取った。大きく黒い瞳が幾度かまばたきする間、ずっと魚に注がれる。塩を振って焼いただけの魚を、ハナはまるで物珍しそうに見ていた。

「ハナちゃん?」
「元太郎さん、これ、美味しいって。」
「えっ!」
はい、と返されたそれを受け取って、自然と頬が緩む。
「…そっか。」
「えぇ。」
風が木々を渡っていく。
空を見れば、すでに青く染まり始め、日差しも深い森の底まで差し込み始めていた。大きく息を吸い込めば、朝の涼やかしい空気とともに、美味しそうなご飯の匂いで体の中が一杯になった。
ふわりと体が少しだけ大きくなり、森の緑が濃くなったように思えた。

その空気を吐き出すとともに、大きな声が出る。

「そっか!」

途端、腹が鳴り、ハナが大きく目を見開くも、すぐに笑う。その笑い声に促されるように、声が出た。

「師匠ー! ご飯できましたよー!」

そうすれば、まるで待ち構えていたように、すぐに森から黒い影が分かれて向かってくる。顔が見れるほど近付いた元太郎の瞳が嬉しげに魚を見ていることに気がついて、キイチはもっともっとたくさん魚を捕ろうと決めた。
(だって、もっともっと旅は続くんだ!)
三人の目の前で火が風に煽られて空へと伸びるように大きくなる。その暖かな火が、胸の中にそっと灯ったようだった。
(そうだ! ハナちゃんにも何か…食べられなくても用意しよう!)

「元太郎さん、早く!」

ハナの声が響く。


「わかってる。」


元太郎の声に重なるように、大きく笑ったキイチの声が、森の中に響いた。




おわり

○ご愛読ありがとうございました。

(C)2008 Taka Amano

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